ビタミンB12と同じく、電子カルテの検査結果画面の数値が赤字か黒字か青字かで判断すると足元をすくわれるのが、鉄欠乏の診断におけるフェリチンです。
鉄剤の適正使用による貧血治療指針によると、フェリチン<12ng/mLが鉄欠乏性貧血および貧血のない鉄欠乏の診断基準となっています。また、SRLの検査案内では、女性の基準値: 3.6~114 (ng/mL) となっています。
ただ、これらのカットオフを用いると、多くの鉄欠乏を見逃すことになります。
ひとつには、基準値の由来に起因します。ヘモグロビンや鉄動態検査の「基準値」は、昔の「健康な」一般集団の検査結果から導き出されているわけですが、多くの「健康な」女性は(昔も今も)軽度の貧血や鉄欠乏に実は悩まされているため、その基準値も鉄欠乏のある女性をたくさん含んでいる集団から得られたと考えられています。
Core IM Podcastがよくまとめています。週刊医学界新聞にも素晴らしい記事があります。
ふたつめは、各学会が推奨するいくつかのカットオフ値にはそれぞれの感度・特異度があるということです。例えば、フェリチンの各カットオフ値について、
- 12-15 ng/mL(感度57%、特異度99%)Gastroenterology. 2020 Sep;159(3):1097-1119. PMID: 32828801
- 30 ng/mL(感度92%、特異度98%)Am Fam Physician 2013. 15;87:98-104. PMID: 23317073.
- 45 ng/mL (感度85%、特異度92%)Gastroenterology. 2020 Sep;159(3):1097-1119. PMID: 32828801
と異なる操作特性がグラデーションになっています(30 ng/mLの検査特性は他のカットオフ値と比べると出来すぎに思えます)。検査値の解釈には、鉄欠乏であることの検査前確率の見積もりと、どれくらい見逃しを許容したくないか(治療の遅れ、隠れている原疾患の見逃し)、偽陽性を避けたいか(不要な鉄剤や内視鏡検査による侵襲・有害事象・コスト)、という臨床医の態度が反映されるべきです。
例えば、米国消化器学会(AGA)ガイドラインは、鉄欠乏性貧血の診断におけるフェリチンのカットオフを45 ng/mLにするよう強く推奨しています。AGAガイドラインは、成人の鉄欠乏には消化管悪性腫瘍・消化性潰瘍・炎症性腸疾患などかなりクリティカルな病態が隠れていることを考慮して、(許容できる偽陽性率を保ちつつ)検査の感度を最大化することを目的とした、と記しています。
また、基礎的な知識ですがフェリチンはacute phase reactantでもあるため、貯蔵鉄の量に関係なく炎症・感染症・肝疾患・心不全・悪性腫瘍などで上昇する可能性があります。フェリチン ≥100 ng/mLでは鉄欠乏はかなり否定的(LR 0.08)と考えられますが、臨床的コンテクストに影響を受けるはずです。
グレーゾーンの場合、例えばフェリチン値が45-100 ng/mLでとりわけ慢性炎症性疾患がある場合、経口鉄剤補充を2-4週間お試しで診断的治療してみることも選択肢です。ヘモグロビン値が2週間で≥1g/dL上昇したらかなり疑わしいとのことです。
Take Home Messages
- フェリチンは電子カルテの検査結果の文字色にだまされず、数値を解釈しよう
- 鉄欠乏性貧血の診断におけるフェリチンの各カットオフ値にはそれぞれ違った感度・特異度があり、どれを用いるかは偽陰性・偽陽性のトレードオフである
- フェリチン 30 or 45 ng/mLが現在よく推奨されている、偽陰性・偽陽性のバランスが良いカットオフ値である